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樹海の華―The sleeping beuties―


季節はもうすぐ春だという。遠い昔、桜が風に散る様を見た記憶がある。
空の青さの中を泳ぐ薄紅の花弁が美しく、しばらく見惚れた。ずっと見ていたいと思った。
だが、今はもう、その風景を再び見たいとは思わない。何故なら無いものねだりは好きではないから。無理に、決まっているから。
俺はこの施設から出る事を許されない。俺は、人間にとって害だから。
「なぁ、俺ってどれ位生きていられるのかな。」
ヒナにそう訊いた。彼女は苦笑した表情を見せた。
「寿命は神様が与えてくれるものだもの。神様に訊いてみないとわからないな。」
神様なんて、くそ喰らえ。





樹海の華―The sleeping beauties―





数々のトラップを壊していく。ロボットも、ミサイルも、この手にかかれば木端微塵。
破壊しなさい。全てを壊し尽くしなさい。頭で誰かがそう叫ぶ。
最後のトラップは本物の生物。これを殺せばゲーム終了。
私は腕を構え、その生物を見つめる。
まだ子供なのだろう。茶色い毛に大きな眼。その瞳が私に叫ぶ。
殺さないで まだ生きていたいんだ。殺さないで。
そんなこと考える知能がこの生物に無いこと位わかっている。わかっているけど、確かにその眼は私に哀願していた。
これを殺して 一体何になるのだろう。
構えた腕を下ろし、その生き物を拾い上げる。犬という名の生き物は私にしがみつき、小刻みに震えた。まだ、母親の温もりが恋しいのだろうか。
所々に設置されているカメラの一つを睨みつける。
「ゲーム終了。」



「そうは言ってもなぁ、樹莱。お前も俺も人に作られた人形だ。人様の云う事聞かねぇとすぐにスプラッタにされちまうんだぞ?」
そう、あーちゃんが私の肩に座りながら言った。
あーちゃんこと浅黄・F・5073.は私の教育係だ。掌ほどの体に無精ひげ、背中には羽も生えている。そう、彼は妖精型人形なのだ。
普通、妖精型人形はその身軽さと可憐な容姿で敵のスパイや暗殺を行うのだが、彼は外見上の理由と長けた知識で教育係兼専業主夫として私に色々なことを教えている。
私は殺人人形「樹莱・R・2601」。この施設で製造されたばかりの、最新型の試作品。趣味、殺人…だった。
今はそれに疑問を抱き、何も壊す気が起きない。そうなった途端、人は私を「駄作」と罵り、冷めた視線を浴びせるようになった。それでも何かを壊す気は起きない。例え何と呼ばれようと。
「だがな、樹莱。お前はそうなのかもしれないが、人様が求めているものは『より多くの敵を倒し、戦争を有利に進めていく兵器』だ。ここの奴等はみんな言っているんだぜ。『最新型は無駄に感情を入れすぎた。エマに比べたら雲泥の差だ。』ってな。」
エマには直接会ったことはないが、話は何回か聞いた。エマこと「エマ・L・2046」。私よりも少し前に作られた殺人人形。現、全世界の中で最強を誇る殺人人形。
殺傷性と俊敏さに力を注いだ分、防御力が手薄になったという反省点から私が生まれた、私の「兄」にあたる人形。彼には「命をこの手で握り潰す」ことへの快楽しか感情データを入れられていない。
噂では、彼の外見上のモデルは此処のマスターの死んだ恋人なのだそうだ。眼の色、容姿、声に至るまで、実に精巧に創られたという。
でもそれって悲しくないのだろうか。愛していた恋人と瓜二つな人形が、殺人にしか興味を持たない兵器だなんて。愛しい恋人そっくりな人形が殺戮を繰り返し、それを喜び、楽しんでいる。私ならそんな悪趣味な事、到底考えられない。
「人にはそれぞれ理由があるんだよ、樹莱。お人形には到底理解できないような、深い深い理由がな。」
あーちゃんがマティーニ(アルコール抜き)を飲みながらそう言った。そのあーちゃんの横顔はとても渋く、かっこよかった。
でもね、あーちゃん。どんなにかっこつけても、私の掌で座りながら、しかも頭にお花の冠付けてピンクのお洋服着てたらミスマッチ過ぎるよ。



今日もヒナは俺の所に来た。ったくウゼーな。来るなっての。
「今日はレモンパイを作ってきたよ。食べよう。」
ヒナは俺の部屋に入る時無菌服に着替えず、そのままの格好で入る。
それってヤバイんじゃないかと以前訊いたら、彼女は
「あ、大丈夫。別に何も問題ないから。心配することないよ」
と言った。
現に今もピンピンしているが、それってかなりスゲーことじゃないのか??
「おい、学校はどうしたんだよ。私服だし、サボりか?」
俺は制服ではなく、黄色いシャツに黒いスカートといった格好のヒナを胡散臭そうに眺めて言った。
「今日はテスト休み。明日から学校に行くよ。」
急に冷めた口調でヒナが言う。ああ、さいですか…。
ヒナはとことんおかしな奴だと思う。クールかと思えばクレイジーな一面もあったり、こうしてカップ片手にボウッとしている姿は賢者にも白痴者にも見える。
まぁ、その二面性が俺は、たまらなく好きなんだがな、うん。
俺もぬるくなってきた紅茶を飲みつつレモンパイに手を伸ばした。
白いカーテンが風に揺れている。初夏がそこまで来ているようだ。



##



「悪いな、樹莱。俺はお前を助ける事が出来なかった。」
ううん、あーちゃんは何も悪くない。悪いのは全部私。私のせい。
こうなることがわかっててずっと、わがままを通し続けたのだもの。
「あーちゃん。私はこれからどうなるの?」
真っ暗で何も見えない。視界を何かで遮られているようだ。
私は見えない向こうに手を伸ばして、あーちゃんを探す。
「お前は施設の技術を駆使して作られた、最新型の人形だ。そう簡単には捨てられない。ほとぼりが冷めたら今までの記憶と感情データを抜かれて再び使用されるだろう…戦場でな。」
そうしたら、もう、今までの私じゃないんだね。あーちゃんのことも忘れて ひたすら
殺し続けるんだね。「兄」のように。

そうなってもあーちゃんは、私のこと、好きでいてくれる?

「さよなら、あーちゃん。今までありがとう。」
私の指先に何かが触れる。それを両手で覆った。
それは、一輪の花だった。よく、あーちゃんが出してくれた花。あーちゃんとの思い出の。
「おやすみ、樹莱。眠り姫には花が御似合いだ。何も考えずに良い夢を見ろよ。」















おやすみなさい















「おはよう、七斗。今日は雨が降ってるよ」
水色のシャツとジーンズを穿いたヒナの声で目が覚めた。
なんだか最近妙にダルい。微熱も続いているし、体全体のバランスが崩れているように思える。
「ちゃんとそのこと先生に話した?とにかく、薬を毎日飲んで、安静にしていないと。これからは出来るだけここに来て、ご飯持って来るね。七斗ったら最近食事もまともに摂らないのだもの。それじゃ体壊して当然だって。」
差し入れのババロアを冷蔵庫にしまうと、ヒナは部屋中の掃除をし出した。そんな家政婦みたいなことしなくてもいいと言っているのに、彼女曰く
「汚い所で七斗が生活を強いられていると思うとムカつく」
なのだそうだ。働き者の彼女に感謝。
「そういえばさ」
掃除が一段落し、一緒に黙々とお昼(ヒナの手料理だからちゃんと食べる。最近、冷めた支給食は食べる気がしない)を食べていると、唐突にヒナが話を切り出した。
「七斗の誕生日までもう1ヶ月きったね。プレゼント何がいい?」
忘れていた。もうあと20日弱で俺の誕生日だ。そうか、俺は18になるのか。
「別になんでもいいよ。自分でも忘れてた誕生日なんだし。」
そう言い、スプーンに力を込めようとした。その時に、一瞬頭に衝撃が走った。
痛みは無い。が、体が痺れうまく動かない。握っていたはずのスプーンが床に衝突した音が、虚しく響いた。
なんだ?この感覚は。それに、ひどく寒い。
「大丈夫?七斗。顔が真っ白」
「だ、大丈夫だ。…なんでもない、軽く眩暈がしただけだ。」
そう言い、新しいスプーンで再び黙々と食事をし出す。ヒナはしばらく俺を見つめていたが、やがて食事を再開した。
その時、俺は一つの確信を持った。根拠は無い。だが、絶対と言える確信。
俺はもうすぐ死ぬ。多分18になる前に。




###




(起きて、樹莱。あなたにはすることがあるのよ。)
「樹莱って、だれ…?」
(樹莱はあなたよ。さあ、早く目覚めて。でないとあなたまで『眠り姫』になってしまう。)
『眠り姫』。その言葉で私は目覚めた。
ここは…どこ?私は…樹莱。樹莱・R・2601.
(ここはかつて、人間が生活の拠点にしていた地下都市。まずは地上に出ないといけないわね。これから私の言う通りに進んでちょうだい。)
頭の中に響く声の主の言う事を、私は素直に聞いた。彼女の言う通りに進んでいくと、やがて大きな扉の前に着いた。
(両腕を前に差し出して、『壊れろ』って念じてみて)
言う通りにすると、扉は急に爆発して、煙の中から大きく開いた穴が見えた。
(ここをまっすぐ進めば地上よ。さあ、先を急ぎましょう)
闇の中から光が見えて、そこを抜けると地上に出た。そこは、一面砂漠だった。
他には何も無い。限りなく続く砂漠と、降り注ぐ太陽光だけ。
(ここもかつて人間が生活の場としていたところよ。今はこの有様だけど…ね。さあ、行きましょう。飛び方は覚えている?)
背中に付いた、ボロボロの翼。その両翼で、大空へと羽ばたいた。



####



「脈拍下がっています。」
「血圧も大分下がっています。」
「酸素を用意!出来る限りの事をしろ!とにかく上が来る前に、生存反応だけは…!!」
医者、看護婦の声が遠くから聞こえる。本当は、すぐ間近にいるというのに。
止めてよ。別にそんなことしなくていいよ。止めてくれ。
俺は死ぬのだから。俺はもう、死ぬのだから。
「人生17で何をそんな悟ったような事言ってるのよ」
ぅわああ!!なんだ、ヒナか…って、なんでお前がここにいるんだ?!
「ここは七斗の夢の中。入り込んだの、七斗の中に。いけない?」
いや…いけないもなにも、よくわからないが…。
「お祝いをしましょう、七斗。ケーキを焼いてきたから」
急に俺たちの世界が変わった。鮮やかな、春の風景。桜が風に舞う、思い出の中のあの風景に。もう医者達の喧騒など、聞こえやしない。
「以前桜を見たいって言ってたでしょ?さ、ここでケーキを食べましょう」
そう言ったヒナの目線の先には、いつの間にかテーブルが用意されていた。
テーブルの上には紅茶と、ケーキが二種類。ガトーショコラとレアチーズ。それぞれ、俺とヒナが好きなケーキだ。
「さ、座って。今日の主役は貴方なのだから」





#####





(人間はね、地球を汚し過ぎたのよ)
急に頭の中で、あの誰かが話し始めた。
(私はその様子をじっと見ていた。悲しかった。私の創った世界を、次々に壊されて…。)
(ある時私は、少しづつ壊された世界を修復する為の『種』を作って、それを一人の幼い生物に植え付けた。生物は人間だとあらかじめ決めておいたわ。世界を壊したのが人間なら、修復するのも人間でなくてはいけないと思って)
(ところが人間は、その『種』をまた『世界を壊す道具』に使おうとしたのよ。皆で争って、汚し合って…。私が世界を美しくしようと心血注いで創ったものを、『生物兵器』にしようとしたのよ…)
(それを見て私は絶望した。彼等は壊すだけ壊し、汚すだけ汚してこの世界から出て行った。出て行く際、毒を一滴混ぜておいたけど…今頃どうしているかしらね、あの人達。)
言っている事の意味はよく分からないけど、とても大変で、辛かった事はわかった。
声が、とても寂しそうだったから。
(無駄なお喋りが過ぎたわね。さ、行きましょう。たった一人でこの世界を支えていたお姫様の元へ。今も『彼』は、樹海の中で眠っている…)



#######



「ね、七斗。私達が初めて会った日のこと覚えてる?」
夏の夜の草原。天の川を見ながら、ヒナが訊いた。
ああ、覚えている。こんな夏の夜、眠っている俺を窓から侵入してきたヒナが起してこう言ったんだよな。
『初めまして、眠り姫。出会いの記念にケーキは如何?』って。
テーブルにはガトーショコラとセパレートティが用意されていて、久し振りに開けた窓から流れる風が、清々しかった…。
「じゃあ、去年の七斗の誕生日は覚えている?」
その日は雨だった。『織姫と彦星会えないね』と言いながら、ヒナとレアチーズを食べた。その頃になってやっと、無表情なヒナの顔から感情を読み取れるようになったんだよな、俺は。
思い返すと、俺はヒナのことをほとんど知らない。最初は主治医の吉野先生の血縁者かと思っていたが何を訊いても曖昧な返事しかしないし。ヒナについての知識なんて皆無に等しい。
だが、別にそんなこと、何だって良い。
ケーキをよく差し入れてくれる女の子。クールに見えて、掴み所がなくて、実は心優しい女の子。
俺にとって、なくてはならない存在。それが、ヒナだ。
「ヒナと会って一年とちょっとしか経ってないけど、一緒にいられて良かった。本当に、ありがとな。」
満天の星の下。今じゃないとこんな台詞恥ずかしくて言えそうにないから思い切って言ってみた。ヒナはずっと俯いたままだ。
ん、なんだ?この寒さは。急に、頭が、グラつく。
心臓の音が大きく、速くなる。夢の中の俺がこんなだってことは、現実の俺はもっと…
「そろそろヤバイみたいだ。お別れだな、もう。」
視界がぼやける。ヒナの姿が闇に消される。彼女は今、どんな顔をしているのだろう。
急に額に、冷たい感触が走った。ヒナの手だ。アイツの手って、こんなに冷たかったか?
「別れじゃないよ、七斗。また会えるもの。あなたは眠るだけ。『その日』が来るまで」
その日?
瞼を開けると、闇に消えたはずのヒナの姿がはっきり見えた。
自ら金色の光を発する彼女の眼を、最後の瞬間、確かに見つめられた。

「おやすみなさい、七斗。いえ、『時を翔ける 眠り姫』」




















そこは、樹海が根を張る教会だった。
中は薄暗く、割れたステンドグラスから光が薄く差し込んでいる。その下に、大きな穴が開いていた。
(その下にいる。私達の探し求める人が、その下に)
震える声で、頭の声が言った。よほど、この日を待ち望んでいたように。
地下には、樹海の花が咲き乱れていた。青白い花が淡い蛍光を放ち、甘い香りを撒き散らせている。一面花に被われた地下の中央に、箱が置いてあった。
それは、棺だった。
棺の中には、人が眠っていた。黒く長い髪が棺からはみ出て、花畑がそれを優しく包み込んでいる。
服は、幾重もの衣を重ねた、不思議な服。
そして花よりも青白い肌をした、その顔。とても、美しい人。
これが、探していた、眠り姫。
(十二単というの。姫君によく似合っているでしょう)
声の主はそう言うと、私の口からフワリと出てきた。声の主の正体は、スラリとした女の人だった。
(やっと会えたわね、七斗。会いたかった。)
愛しそうに眠り姫を見つめながら、声の主は言った。
七斗?
(眠り姫の本当の名前よ。本当は『姫』でもないのだけどね。ありがとう、樹莱。ここまで私を運んでくれて。おかげでまた、彼に会えた。私の役目は、もう終った。
私はこの星と共に眠るわ。この星の病を治し、再び元の美しい、水の惑星にする為に。)
(この星にいるのはもうあなたと眠り姫、そして樹海だけ。あなたはどうする?あなたも、終わらない夢を見たい?)
私は、首を横に振った。
「私は、眠り姫の目覚める日を待つことにします。それまで、ここにいます。」
声の主は少し、眉を顰めた。
(眠り姫は『その日』が来ないと起きないわ。『その日』…。いつ来るかもわからない、ひょっとしたら来ないかもしれない。あなたが正常に動く間に来るかもわからない、『その日』が来ても目覚めないかもしれない、その姫を待つの?たった独りで?)
私の心は決まっている。それに、私は独りじゃない。
私は、眠り姫と 共にいる。
声の主と目が合った。声の主は 最後に微笑んだ、ような気がした。ほんの刹那。
そしてそれを確かめようとした時にはもう 彼女は消えていた。
どこからともなく吹く風が 花々を優しく撫で付けた。





***





薄暗い地下の果て。幻想の花が咲き乱れる中で私は目覚める。傍らには銀の棺。
眠りし方は 眠り姫。
「おはようございます。眠り姫。」
眠り姫は 眠ったまま。

これから先、私はどの位彼女の目覚めを待つのだろう。100年?200年?もしかしたら私が壊れるかもしれない、気の遠くなるような悠久の時。
それでも、構わないと思う。どうせ私は破壊し尽くす為だけに作られた、殺人人形。
その時の記憶はないけれど、もう何も壊す気もないけれど。
幻想の夢を永遠に見続けるよりも 姫の傍で凍える孤独に耐える方が私には良い。

何故なら  魅せられてしまったから。  眠り姫の 眠りに。

今日も私は樹海の胞子を砂漠に蒔く。砂漠に出来た樹海は地球の汚れを吸収して美しいオアシスを作り出す。オアシスを各地に作り、やがて世界は楽園になる。
眠り姫が起きた時に この星が美しくなっているように。美しい、水の惑星になっているように。
そしてその時に私は 一番の笑顔を 姫に見せるのだ。









悠久の時を翔ける眠り姫に 花を。














終幕

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