音瀬バナー
shared character's novels --- onse.
夢と現実と今日からの決意。


1. 日常と夢の始まり
 みんなはそうでもないみたいだけど、私は学校が大好き。だって友達だってたくさんいるし、私は勉強もスポーツも好きだし。
 何より、一番大好きな人に会えるから。


「くっろさっきせーんせっ♪」
 窓から差し込む日の光。爽やかな朝の学校。生徒達で賑わう廊下で、私は黒崎先生に後ろから飛びついた。
「……木下、離れろ」
 黒崎先生は、あからさまに大きな溜め息をついて、私の体を引き剥がす。でも、私は気にしない。
「先生、おはようございますっ! 今日も私の瞳に映るあなたは眩しすぎて、私は目が眩んでしまいそうです!」
 瞳をキラキラと輝かせて黒崎先生の手を握り、そんな言葉で迫った。黒崎先生はいつものように戸惑ってしまい、私から目を逸らす。もう、黒崎先生ってば照れ屋さん☆
「そ、そんな事よりさっさと教室行くぞ」
 言いながら、彼は私の手を振り払う。あら、相変わらずつれないのね。まぁ、そんな所も良いんだけど。
「先生っ、私はどこまでもついて行きますよ! あなたへの溢れんばかりの思いは、どこへだって飛んで行けるんですからねー!」
「そ、それ以上言うなー!!」

 これが、私達の日常。だいたいいつも、こんな感じ。

 木下(きのした)まひる、高校二年生。私は、黒崎(くろさき)信哉(しんや)先生に恋をしています。
 三十二歳の黒崎先生は、化学教師で私のクラスの担任だったりする。ちなみに、私は黒崎先生のためにクラス委員なんかやっちゃってる健気な女子生徒☆
 元々年上好きの私だったけれど、何と言っても黒崎先生は眼鏡で無精髭で白衣で銜え煙草! これだけピンポイントで私の趣味をクリアしている人なんてめったにいないものだから、私は一目見た時から彼の虜となってしまったの。
 幸いにも、黒崎先生は独身で。それからは私は、毎日のように彼に熱烈なアタックを続けている。

 だって、初めてなんだもの。こんなに人を好きになったのは。



 そして、あっという間に昼休み。私が一日で、いちばん楽しみにしている時間。
「せーんせっ♪ お弁当作ってきたんです! 食べてください!」
 いつものように化学準備室で仕事をしている黒崎先生に向かって、私は言った。すると、先生は少し困ったような顔をして。
「あ、あのなぁ木下。ただでさえ俺はお前がつきまとってくるせいで他の先生達から犯罪者扱いされてるのに、この上さらにお前が作った弁当なんか食ったら俺は謹慎処分にでもなりかねねぇぞ!?」
 必死の形相で私にそんな事を訴える先生。そんな所もかわいいわ。でも、許してやる気なんてさらさらないんだから。
「ひどい! 先生ったら、私が徹夜で愛情を込めまくって作ったお弁当が食べられないって言うんですか!? お米もおかずも最高な食材をそろえ、栄養のバランスもしっかり考えて、先生の顔を思い浮かべながら一生懸命作ったのにぃー!!」
 そう言って泣きまねをしてみれば、黒崎先生はなかば諦めたような表情をして。
「だーもーわかったわかった! 食えばいいんだろ、食えば!!」
 言いながら、先生は強引に私の手からお弁当を奪い取る。
「……ただし、他の先生達には絶対に言うなよ! 俺の謹慎がかかってるんだからな」
 そうして、私は満面の笑みで答えた。
「はい!」

 やっぱり……優しいな、黒崎先生。こういう所も、好き。大好き……。


 諦める事なんて、できるわけない。
 だって私、黒崎先生の事、大好きだもん。



 そうして、あっという間に放課後が来て、私は何度も手を振って黒崎先生と別れて。そのまま家に帰って、宿題をやって、晩ご飯を食べて、お風呂に入って、ベッドの中に入る。
 ゆっくりと目を閉じて、思う事。

 今日は、黒崎先生の夢が見れるといいなぁ……。



 気が付くと、私はセーラー服を着て、歩いていた。ここは……いつも通っている、帰り道。
 あぁ、そうか。これ、夢なんだ。

 ――ドンッ

 不意に、走ってきた誰かとぶつかって、私は立ち止まる。でも、相手はさほど大きくもなく……むしろ私よりも小さかったので、尻餅をついてしまった。
「ごめんね! 大丈夫?」
 あわててその相手の姿を確認すると、その人は私の方を向いて。まだ小学生くらいの……青いセーラー服に半ズボンをはいた、男の子だった。
「いえ、僕の方こそよそ見をしていたので……」
 まだ小さいのに随分と礼儀正しい子だなぁとかそんな事を思っていると、その子は私の顔をまじまじと見つめて。
「ここは……あなたの夢ですか?」
「え……? うん、そうだと思うけど……」
 なぜ彼がそんな事を聞くのかわからなかったけれど、私はとりあえずそう答える事しかできなかった。
「そうですか……。あ、僕は国光(くにみつ)暁良(あきら)といいます」
 そうして彼は、私の顔を真っ直ぐに見つめて、言った。

「僕は、夢を渡ってきたんです」

 それが、始まりだった。
 これから始まる、不思議な夢のほんの序章。



2.化学教師の苦悩とゆめわたり
 黒崎信哉、三十二歳。教師生活約十年の俺には、悩みがあった。
 悩みの種は、俺のクラスのクラス委員、木下まひる。木下は成績も優秀でスポーツも万能、クラス委員も真面目にこなすしっかり者なのだが……なぜだかいつも俺の事を好きだと言ってつきまとってくる。
 いくら独身の俺でも女子高生に手を出して犯罪者にはなりたくないし、なるべく軽くあしらうようにしているのだが……いかんせん、木下のアタックが熱烈すぎてそれに戸惑っているのもまた事実。しかも木下はいつもかなーりサムイ言葉を駆使して俺に迫ってきやがる。いい加減他の先生達の目も恐いのだが、今日なんてあいつが作った弁当を食わされた。……いや、すげぇ美味かったけど。
 ……とにかく! 俺は謹慎や減給だけは免れたいんだよ………。ていうかこの事がきっかけで辞職とか絶対に嫌だぞ俺は!!
 一体どうすりゃいいんだ、俺は……。

 そんな事を考えながら、俺は布団の中で目を閉じる。
 せめて、夢くらいはいいものが見れるといい……。



 気が付くと、俺は化学準備室にいた。白衣を着て、煙草を吸って、いつものように仕事をして……。
 あぁ、そうか。これは夢なんだ。
 いつもならここで木下がやって来るんだが……。

「随分と悩んでるみたいだね」
「ん?」

 不意に、背後から声がして。木下かと思ったが、この声は確かに男の声……しかも、俺には全く聞き覚えがない。
 振り向くと、そこには一人の男が立っていた。長身で細身で、喪服みたいな黒いスーツを着ていて……いびつな形の変なランプを持った、若い男。そいつは俺の顔を見るなり、微笑んで。

「はじめまして。僕はセーチ、ゆめわたりです。僕は、あなたの夢に渡ってきたんだ」
「……あ?」

 俺はセーチと名乗ったその男の言っている意味がわからず、ただ呆然とその場から動けずにいた。


「ゆめわたりっていうのは、悪夢を食べる"ゆめくい"のなれの果てなんだ」
 とりあえず俺によって質問攻めにされたセーチは、最初から全部説明してくれた。
「ゆめくいは悪夢を食べ続けて……その悪夢が限界量をオーバーするとゆめわたりになって、現実にはいられずただ人々の夢を渡り歩くだけの存在になるんだ」
 その話を聞いて、俺は思わず溜め息が出た。ゆめくいだのゆめわたりだの……そんなのまるでファンタジーな世界じゃねぇか。普段の俺ならそんな話絶対に信じねぇ所だが……まぁ、ここは夢の中だ。そんなファンタジーな話があっても、おかしくはないだろう。
「……で? そのゆめわたりが、俺に何の用だよ?」
 すると、セーチは再び穏やかに笑う。……全く、こいつは何を考えているのかわからない。
「あなたが、随分と悩んでいるみたいだったから少し気になって」
 その笑顔から、セーチの心は読めない。
「確かに悩んではいるが……ゆめわたりのお前に解決できるような事でもなさそうだしなぁ……」
 言いながら、俺は木下の顔を思い浮かべる。
 そういえばあいつ、いつも笑ってたなぁ……。俺、結構冷たくしてたのに。……本当は、傷付いたりもしてるんだろうか。
 だいたい、あいつだって悪いんだ。十歳以上年上の教師に恋するなんて、不毛に決まってるだろうに。……あいつぐらいの年頃なら、きっと周りに俺よりもいい奴がたくさんいるだろう。
 俺なんかを追いかけてるより、もっと同年代の奴らを探した方が、あいつだって幸せになれるに決まってる。だから、俺はあいつを突き放す。だって、その方があいつのためになるだろう? ……俺は、あいつにもっと明るい未来を見てほしい。

 俺は、あいつに幸せになってほしいんだ。


「……なぁ、セーチ」
 不意に、俺は男の名前を呼んで。
「お前には、大切な人はいるか?」
 すると、セーチは少し驚いたような顔をして。でもすぐにまた笑って、言った。

「……弟がね、いるんだよ。今はちょっと仲違いしているけど」

 少しだけ、寂しそうな笑顔だった。
「……そうか」
 それだけ言うと、俺は黙り込んだ。
 俺の悩みの種は、間違いなくあいつ、木下まひる。……でも、俺はあいつに幸せになってほしい。
 ……ますますわかんねぇよ。俺は自分の気持ちが。

「ねぇ、黒崎先生」
 不意に、セーチが口を開いて。……こいつ、俺の名前も知ってるのか。
「僕と一緒に、夢を渡ってみない?」
「……は?」
 こいつ、今何て言った? 一緒に夢を渡るだって?
「そんな事……普通の人間の俺ができるのか?」
 すると、セーチはゆっくりと笑った。
「できるよ。このランプを使えばね」
 気付けば、セーチが右手に持っていたいびつなランプの中で、謎の発光体が光っていて。俺はしばらく、それに見入っていた。
「……誰の、夢に渡るんだ?」
 俺は背を向けて歩き出すセーチに向かって、尋ねた。このさい、ファンタジーなんかどうでもいい。ただ、夢を渡る事に興味があった。
 セーチは、ゆっくりと振り返って。

「あなたの、よく知っている人だよ」

 その言葉に、ドクンと俺の心臓の音が鳴る。
 俺はただ、セーチに向かって歩き出して。

 ランプの中で光る、謎の発光体。
 それだけが、妙に印象的だった。



3.恋煩いの女子高生と不思議な小学生
「それじゃあ、アキラくんはその変なランプを持った男の人と一緒に夢を渡ってきたの?」
 私はとなりを歩く少年……国光暁良くんに向かって言った。
 話を聞いてみれば、どうやらこういう事らしい。アキラくんは私と同じように夢を見ていて。すると、喪服みたいな真っ黒なスーツを着た若い男の人が現れて、その人と一緒に夢を渡ってきたのだというのだ。
「そうです。でも、その人はいつの間にかいなくなってしまって……」
 それを聞いて、私は思わず首をかしげてしまう。だって、あまりにもおかしな話だもの。『夢を渡る』なんて、まるでファンタジーの世界だわ。しかも、そのランプの男の人って一体……。
 でも、よく考えたらこれは私の夢の中。もしかしたら、アキラくんだって私が作り出した幻かもしれない。

「まひるさん」
「え?」
 不意に、アキラくんが私の名前を呼んで。私は顔を横に向けた。
「そのお弁当、誰にあげたんですか?」
 気が付けば、私はお弁当袋を二つ持っていて。一つは、私の分で、もう一つは……。
「……これは、私の好きな人にあげたんだよ」
 そうだ。思い出した。これは、私があの人のために作ったもの。
「私の担任の先生でね……黒崎先生っていうんだけど、すごく素敵な人なんだよ」
 そう、黒崎先生は本当に素敵な人。豪快でぶっきらぼうだけど、本当はとても生徒思いの優しい先生。……いつだって、私たち生徒の事を一番大切に思ってくれている。私は、そんな黒崎先生を好きになったの。
「でもね、いつも私の気持ちばっかり空回りしてるみたい……」
 ずっと前から、気付いていた事だけれど。わかってたよ。これが不毛な恋だって事くらい。だって私がいくら黒崎先生の事を好きでも、黒崎先生は教師なわけで。歳だって、十歳以上離れてるし……黒崎先生は、私みたいな子供には興味ないかもしれないし。

「黒崎先生は、私の事嫌いなのかな……」

 不安が、なかったわけじゃない。むしろ、自信なんて全然なくて、いつも不安だらけで……。今は黒崎先生だって優しいけど、いつかは見捨てられるんじゃないかって、すごく恐かった。黒崎先生には、いつかは他にもっと大人の素敵な人が現れるんじゃないかって……。
 私、いつまで黒崎先生のそばにいられるのかな。高校卒業したら、もうそれで終わりなのかな。そうしたら、私はどうなるのかな。……ずっと、そばにいたいのに。

「私、黒崎先生に嫌われたくないよ……」

 なんで私、初対面の男の子にこんな事言ってるんだろう。今までの私は、めったに弱音なんて吐かなかったのに……。
 でも、いいや。どうせこれは、私の夢だもの。いつも強がってるから……夢の中でくらい、弱音吐いたっていいよね。

 黒崎先生、こんな弱い私を見たら笑っちゃうかな。……笑っちゃうよね。だって、きっと黒崎先生は私には悩みなんてないと思ってるもん。でも、それでもいいの。黒崎先生の前では、明るい私でいたい。

 黒崎先生の前では、いつでもとびっきりの笑顔でいたいの。


「あの、まひるさん」

 少ししんみりした雰囲気になってきた所で、アキラくんに名前を呼ばれた。
「あっ、ごめんね。こんな話して……」
 私は慌ててアキラくんに謝る。小学生のアキラくんには、少し早い話だったかもしれない。
「いえ……あの、ちょっと聞きたいんですが、そのお弁当を食べた黒崎先生は、何か言っていましたか?」
 その言葉に、私はゆっくりとお弁当を食べさせた時の事を思い出してみる。確かあの時、黒崎先生は……。
「『おいしい』って、言ってくれた……」
 そう、少し照れ臭そうに、『おいしい』って言ってくれたんだ……。
 私は、それがすごくうれしくて。少しだけ、泣きそうになってしまったっけ。
 すると、アキラくんはにっこりと笑って。
「それなら、大丈夫ですよ」
「え……」
 私はよく意味が解らず、ただ呆然としていた。
「だって黒崎先生は喜んでくれたんでしょう? それに、まひるさんの事が嫌いだったらお弁当だって食べてくれなかった筈です」
 あ……そっか。黒崎先生は、喜んでくれた。最初は嫌々だったけど、私のお弁当食べて、『美味しい』って言って喜んでくれた……。

「黒崎先生はまひるさんの事を嫌ってなんかいませんよ。僕はそう思います」

 そう言ったアキラくんの顔は、すごく優しかった。
 その言葉が、うれしくて、うれしくて……泣きそうになった。
 私、もう少し自分に自信持ってもいいのかな? 黒崎先生は私の事嫌ってないって、自惚れてもいいのかな……。

「ありがとう、アキラくん……」

 初対面の私に、すごく優しくしてくれた男の子。たとえ私の夢の中だけの幻だとしても、私はうれしかった。
 そうだよ。私はまだがんばれる。だって、黒崎先生の事が好きなんだから。諦めたくなんか、ないんだから……。

 随分と歩いていた私は、いつの間にか横断歩道に差し掛かっていて。信号は青。ちょうど渡れる。
 ……ふと、横断歩道の向こう側に見知った顔を見つけた。背が高くて、眼鏡を掛けていて、無精髭で、白衣を着ていて。あの人は……。

「黒崎先生……」
「木下……?」

 私は、横断歩道の真ん中で立ち止まってしまった。
 なんでだろう。一番会いたかった人なのに、なぜか今は気まずい。
「! まひるさん!」
 不意にアキラくんに腕を引かれて、私は気が付く。信号は、いつの間にか赤になっていて。横からは、猛スピードで車が走ってくる。
「………!!」
 私は、その場から動く事ができなかった。



4.今日の涙と明日からの決意
 セーチと一緒に渡ってきた夢は、学校の近くだった。という事は、この夢を見ているのはうちの学校の生徒か教師か……。
 この目の前にある横断歩道にも、見覚えがある。

 ……不意に、横断歩道を渡る人々の中に、見知った顔を見つけた。長い髪に、セーラー服、いつでも笑っていたその顔は、よく覚えている。あれは………。

「木下……?」

 ふと、木下のとなりにいた小学生くらいの男子が木下の腕を引いた。……気付けば、信号はもう赤。横からは、猛スピードで走ってくる車。
「木下!!」
 考えるよりも先に、俺は走り出してた。
 夢の中だろうと関係ない。木下に、怪我なんてさせたくなかった。

「黒崎先生……?」

 そうして俺は、とっさに木下と小学生を突き飛ばし、俺もなんとか車からよけて、三人一緒に道路を転がった。
「……木下、怪我はねぇか?」
 すると、木下は少し驚いたような顔をして。でも次の瞬間には悲しそうな顔をして、首を横に振った。
「……私は平気です。それより、先生こそ………」
 そう言って、木下は俺の左手に視線を送った。気付けば、そこからは血が流れていた。あぁそうか。今ので擦りむいたんだな。

「っ……」
「!? お、おい木下! 何泣いてんだ!?」

 驚いた。木下は、その大きな瞳から、ぽろぽろと涙をこぼしていたのだ。俺が、初めて見る泣き顔。
「だ、だってっ……先生が私のせいで怪我するなんてやだぁっ……」

 あぁもう、なんでお前はそうなんだ。
 そんな風に泣くなんて、思ってなかった。だってお前は、いつも笑っていた。いつだって、明るかった。なのに、そんな風に泣くなんて……。
「あー……ごめん、わかったわかった。大丈夫だって。夢なんだから痛くないよ」
 ぽんぽんと頭を撫でてやれば、木下は俺にしがみついて。さらに烈しく、泣きじゃくった。
「……もう泣くなよ、木下」
 そうしてそのまま、しばらく木下は泣いていた。

 今だけは、許してやろうか。泣き止むまで、このままでいてやろうか。
 泣き顔は、やっぱり好きじゃない。早く、お前の笑顔が見たいから。


* * *


「色々迷惑かけたな、セーチ」
 木下が泣き止んだ後で、俺はセーチに言った。セーチが木下の夢に連れてきてくれた事で、俺の中で何かが変わった気がする。
「良いよ、黒崎先生」
 相変わらず穏やかに微笑むセーチを見て、俺は苦笑した。
「アキラくんも、ありがとう」
 木下が小学生に向かって言う。どうやら、この二人は夢で一緒にいたらしい。
「いえ、それより、黒崎先生……」
「ん?」
 不意に、俺はアキラというその少年に名前を呼ばれて。かがんで身長に合わせてやれば、アキラは俺に向かって小さく耳打ちした。

「もう、まひるさんを泣かせちゃダメですよ」

 その言葉に、俺は思わず目を見開く。俺の耳から顔を離したアキラは、少しいたずらっぽく笑っていた。
 ……何か、情けなくないか? 小学生にこんな事言われるなんて。でもまぁ、それは肝に銘じておくつもりだけど。
「じゃあ、そろそろみんな自分の夢に戻ろうか」
 セーチがそう言うと、みんな頷く。……俺も、そろそろ戻らないと。
「じゃあ黒崎先生。また明日、学校で」
 木下がいつもと変わらぬ笑みでそう言った。さっきまで泣いていたなんて、嘘みたいだ。
「あぁ、また明日な」

 夢から覚めたら、また会おう。


* * *


「黒崎先生―!」
 次の朝、木下は昨日の夢なんて何でもなかったように俺の元に駆け寄ってきた。……やっぱりあの夢も、セーチも、俺の夢の中だけの出来事だったのだろうか。
「おはようございます!」
「あぁ、おはよう、木下」
 ……まぁ、そんな事は別に良いか。だって木下は今はこうしてちゃんと笑っていてくれる。


 夢の中でも、泣かせちまうっていうのは、結構な罪悪感で。
 昨日は泣かせちまったから、今日は泣かせないようにしよう、とか。


「木下」
「はい?」
「……また、弁当食わせろよ」
「……! はい!!」


 今日は、もっと優しくしてやろう、とか。今日は、もっと笑ってくれると良い、とか。


 気付けば俺は、いつもそんな事ばかり考えている。




 おわり。



Copyright 2006 onse. All rights reserved.
Never reproduce or republicate without written permission.

by*onse project