俺のとっておきの場所、連れてってやるよ。
[flower garden]
俺の名前は
浅葱。身長は十五センチくらい。顎には無精ひげ、背中には可愛らしい羽根、そう、俺の職業は、妖精さんだ。あーちゃんとでも呼んでくれ。
え? お前一体いくつだって? さぁな、随分長生きしてるせいか、年は忘れちまったよ。まぁ、見た目で言ったら、三十代半ばから後半ってトコか?
好きなモノは花だ。花から生まれた妖精さんだからな。あとは人間だな。あいつらと話してると楽しいし、飽きねぇんだな、これが。
そう、今回も俺はとある人間達に出会うんだ。
* * *
「あーちゃん! あーちゃん!」
「どうした? そんなに慌てて」
ある日、俺の元へ妖精仲間が飛んで来た。俺と違って、正統派妖精さん。可愛らしい女の子だ。
「あのね、スゴイもの見つけちゃったよ!」
「スゴイもの?」
するとまぁ、そいつはうれしそうに顔を輝かせちゃってさ。
「いいから一緒に来て!」
「お……おい!」
強引に俺の腕を引っ張って、飛んでいったのだ。
「これだよ! あーちゃん!」
そいつはあるものの前まで来ると、止まってそう言った。
「なんだ、ただの木じゃねぇか」
少し拍子抜けしてしまった。
「違うよぉ。ここに穴があるでしょ?」
そいつが指さした木の根元には、確かに大きな穴があった。
「この穴に入るとねぇ、こことは違う世界に行けちゃうんだよ!」
「はぁ!?」
急に何を言い出すのかと思えば……。んなメルヘンチックな……。いや、待てよ。妖精自体がメルヘンチックか。まぁ、それは置いといて……。
「こことは違う世界なんてあるわけねぇだろ。あったとしても、こんな穴に入ったぐらいで行けるかよ!」
「むぅ……何よ! 嘘だと思うなら、入ってみなさいよ! あーちゃんの馬鹿ぁ〜!!」
「おい、やめろ!」
俺はそいつに力いっぱい背中を押され、その穴に入ってしまった。
……つーか、なんだよこの穴は!? ただの木の穴の筈なのに、なんで中がこんなに広いんだよ! 明らかにおかしいだろ!てゆーか、俺落ちてる!? マジかよ!! この可愛らしい羽根ってば、使い物になんねぇのか!? 俺、一体どうなんだよ!!
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!」
* * *
気がつくと、俺は外に出ていた。
「ここ、どこだ……?」
出てきた場所は、見知らぬ場所。もしかして、ここが俺達の世界とは違う世界ってか?まぁ、見た目は俺達の世界とさほど変わりはねぇようだが……。
「あなた、誰?」
不意に、誰かに話しかけられる。声の方に視線をやると、そこには一人の少女がいた。
「お……俺は浅葱。妖精さんだ。あーちゃんとでも呼んでくれ」
こんな時でも冷静に自己紹介できちまう俺ってすげぇ……。順応早いのか?
「そう……。私は
樹莱(・R・2601よ。よろしくね。あーちゃん」
少女はそう言うと、微笑んだ。
「へ……へぇ、変な名前だな。ところでお前、こんな所で何やってるんだ?」
「人、殺さなくちゃ……」
「え?」
一瞬、耳を疑った。
「私、殺人人形だもの」
そう言った樹莱と名乗ったその少女は、相変わらず微笑んでいて。……って事は、アレか? お前、人間じゃねぇのか? そりゃぁ、すげぇ。良くできた人形だ……。
「あーちゃんは、どこから来たの?」
そんな事をぼんやりと考えていると、樹莱に尋ねられた。
「俺か? 俺は、この木の穴から来たんだ。どうやら、この穴はこことは違う世界と通じてるらしい」
「こことは違う世界……? おもしろそうね。私も入ってみたいわ。ねぇ、一緒に入りましょう」
「え? お、おい……」
そして俺は、半ば強引に一緒にその穴に入らされた。
「またかよぉぉぉぉ!!」
* * *
気がつくと俺達は、また違う世界へと来ていた。
「何だ? ここは……?」
外に出てきて第一声が、それだった。だって、おかしな所なんだぜ。灰色の道を、おかしな乗り物が走ってやがる。建物も見た事ねぇようなのばっかりだし、そのへんを歩いてる人間が着てる服も、変なのばっかりだ。
「ねぇ、あーちゃん」
「あ?」
不意に、樹莱に話しかけられる。
「あそこにいる人、私達を見てるわ」
樹莱が指さした先には、一人の少女がいた。少し驚いたような顔で、こちらを見ている。
「あなた達……」
その少女が、口を開く。
「今、この木の穴から出てきた?」
少女は、明らかに不審な視線を俺達に送っている。
「あぁ、そうだ。この穴はこことは違う世界に繋がってるらしい。俺は浅葱。妖精さんだ。あーちゃんとでも呼んでくれ」
「私は樹莱・R・2601。殺人人形よ。あなたは?」
「妖精!? 殺人人形!? ……わ、私は
吉野(日向(。極普通の女子高生だけど」
少女は少し驚きつつも、自己紹介をしてくれた。ところで、『ジョシコウセイ』って何だ?
「ねぇ、貴方も一緒にこの穴に入らない? きっとおもしろいわよ」
「え?」
例の如く、樹莱は有無を言わさず、強引に日向と名乗ったその少女の腕を引っ張って穴の中に入った。
「今度はどんな世界に行くんだろうなぁ」
さすがに三回目、俺も慣れたさ。
* * *
「なんだか寒いわね、ここ」
次に外に出てきた時、樹莱がそう言った。
「太陽も出てないなぁ?」
「地下なんじゃないの?」
俺が言うと、日向が後に言葉を続けた。地下かぁ……。地下じゃ花も咲かねぇし、つまんねぇな……。
「君達、こんな所で何やってるの?」
不意に、どこからか声がする。声の方に視線をやると、そこには小柄で細い、色白な髪の長い少年(だよな?)がいた。
「あ、あぁ。俺達はこの穴から出てきたんだ。この穴はこことは違う世界と繋がってるらしくてな。俺は浅葱。妖精さんだ。あーちゃんとでも呼んでくれ」
俺がそう言うと、各々自己紹介を始めた。
「私は樹莱・R・2601よ。殺人人形なの」
「私は吉野日向。普通の女子高生」
今日は自己紹介が多いなぁ、と思いつつ、少年の方を見やる。すると、今度は少年が口を開いた。
「僕は
七斗(だよ。文月七斗。よろしく」
少年はそう言うと、微笑んだ。
「なぁ、お前達」
俺は三人に話しかけた。そう、俺は人間好きな妖精さん。ここで会ったのも、何かの縁だ。そこで……。
「俺が住んでる世界に来ないか?」
「あーちゃんの世界?」
樹莱が興味津々といった感じで聞いてくる。
「そうだ。いい所だぞ」
「でも、親とかが心配するし……」
日向がそう言ったので、俺は笑った。
「心配するな。ちょっと遊びに行くだけだ」
「楽しそうだね。ずっと地下にいたから、久しぶりに外に出てみたいかもしれない」
七斗がそう言うと、俺は満面の笑みを浮かべた。
「じゃぁ、決まりだな!」
そして俺達は、再び穴の中に入った。
「ここが、俺が住んでる世界だ!」
外に出ると、いつもの見覚えのある風景。
「……さすが妖精が住んでる世界。自然が沢山、か」
隣りでは、日向がそんな風に呟いている。
「これからお前達を、俺のとっておきの場所に連れてってやるよ!」
俺はそう言うと、三人の前を飛んでいく。
「ここだ!」
そう言って、俺は三人の方を振り返る。
「すごい……綺麗だね」
そう言ったのは、七斗だった。
そこは、一面の花畑。花好きな俺にとっては、とっておきの場所ってわけだ。
「あーちゃん、いい場所知ってるのね」
「無精ひげの妖精に花畑はちょっとミスマッチだけどね」
樹莱と日向も、口々にそう言う。
そのまま俺達は、沢山の花に囲まれて、語り合ったってわけさ。
「樹莱はさ、人形なんだよな」
花を見て喜んでいる樹莱に、話しかけた。
「そうよ。……でも、出来損ないなの」
「出来損ない?」
樹莱の表情が、少し悲しそうになったのがわかった。
「そう、殺人人形としては、出来損ない」
「出来損ないで私達は助かったけどね」
日向が至って冷静にそう言う。
「そのおかげで、今僕達は無事でいるんだからね」
七斗もそれに言葉を続ける。
「でも……」
二人の言葉に、樹莱は言葉を濁す。
「あのなぁ、樹莱。俺は良かったと思ってるぜ?お前が出来損ないで。そのおかげで、お前は人を殺さずに済んでる。いくら人形だからって、その手を血で汚す必要なんて、ねぇんだからな」
「あーちゃん……」
そのまま樹莱は黙り込んで、俯いてしまった。
「優しいんだね、妖精さん」
そう言って微笑んだのは、七斗だった。
「そういえば、なんでお前はあんな地下にいたんだ?」
今更、頭に疑問符が浮かぶ。
「あぁ、そういえば、まだ話してなかったね」
七斗は納得したように呟く。
「僕、もう死んでるんだ。十八年前に」
俺の目が大きく見開かれた。
「お前、幽霊か!?」
「違うよ。これには訳があってね」
「訳って、何?」
今まで黙っていた日向も、少し興味を抱いたのか七斗に尋ねる。
「僕、小さい頃から病弱でね……物心ついた時にはもう、サナトリウム暮らしだったんだ。でも実は、僕の体内からウィルスが生まれていて、そのウィルスを戦争に利用しようとする各国から隔離するため……そして、人々に感染しないために無菌室に監禁されていたんだ。そして、僕は十八年前に死んだ……。でも、その体は保存された。体内のウィルスがまだ生きているため、僕は老いもしない、という訳さ」
「へぇ……」
急に沢山の事を話されたため、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
「……じゃぁ、お前はずっと一人だったんだな」
ぽつりと、呟いた。
「……寂しかったか?」
七斗は、少し驚いたような顔になる。
「……ずっと一人だったから、『寂しい』なんて気持ち、わからないよ。でも……」
一旦言葉を切って、七斗はゆっくりと微笑んだ。
「今、こうして人と触れ合う事ができて、少しだけ、うれしい、かな」
「……そうか。じゃぁ、良かったな」
「……うん」
俺達は二人、笑い合った。
「妖精に殺人人形にもう死んでる奴……。普通なのは私だけ、か」
不意に、日向が小さく溜め息を吐いた。
「日向は、確か『ジョシコウセイ』ってやつなんだよな。ジョシコウセイって楽しいか?」
特に意味もなく、聞いてみる。
「別に……普通。楽しくもないし、つまらなくもない」
初めて会った時から思っていたが、日向はとても冷めている奴だ。いや、クールと言うのが正しいのか?
「じゃぁさ、日向には大切な人とかいるか?」
『ジョシコウセイ』というのがどういうものなのか、俺にはわからない。だから、他の事で、日向を知ってみたかった。
「……一応、彼氏が」
「へぇ、どんな奴なんだ?」
すると、日向は少し目を細めて。
「……ムカツクヤツ。でも、目が離せないヤツ」
「でも、良いもんだろ。そういう奴がいるってのは」
俺が笑ってそう言うと、日向は視線を遠くに向けた。
「まぁ、アイツ相手にもう少し冷静でいたいと思うけど……」
「良いじゃねぇか。普段冷静なお前を、そいつはそうでなくできる。それだけで、お前にとってそいつは特別な存在になれるだろ?」
すると、日向は再び視線を俺に向けた。
「……うん。そうだね」
* * *
「そろそろ帰らなきゃ。親が心配する」
「そうか? そりゃ残念だ」
日向が言ったので、俺は三人をあの木の穴まで送っていく事にした。
「元気でな」
穴の前に着くと、俺は三人に向かって言った。
「まぁ、結構楽しかったよ。……ありがとう」
日向が相変わらず冷静にそう言う。彼氏とやらに振り回されてる姿が見てみたいね。
「妖精さんって、癒し系だよね」
「な、何言ってやがる。照れるじゃねぇか」
七斗がニコニコと笑って言うものだから、俺は思わず赤面してしまう。まぁ、実際よく言われるんだけどな。
「あーちゃん……」
すっかり口数が減ってしまっていた樹莱が、俺の名を呼ぶ。
「また、会える……?」
「あぁ、会えるさ」
不安そうな瞳で見つめられちまったら、そう答えるしかねぇだろ。パッと明るくなった樹莱の顔を見ながら、そんな事を考えた。
「俺もなかなか楽しかったぜ。お前達と話せてよ。ありがとうな」
三人は、笑っていた。とてもうれしそうに。そして、木の穴へと入っていく。
「ちゃんとメシ食えよー!」
三人は、消えていく。穴の中へと。
今日もまた、一日が終わる。
ちょっとした偶然がきっかけで出会う事ができた、人間達(役一名人形だが)。奴らは、確かに俺を楽しませてくれた。
やっぱり俺は、人間が好きなんだな、と改めて思う。
交わした会話は他愛もない事だけど、それがとても楽しかった。
俺には、また特別な存在が増えたってわけだ。
『また会えるさ』
樹莱に言ったように、自分に言い聞かせながらその木の穴を後にする。
『人間』ってのは、いいもんだなぁと思いながら。
おわり。